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前頁に引き続き四柱推命学「基礎編」 “シリーズ” の解説をさらに順を追って加えていきます。

前ページ、及び前々ページ迄の「十天干・十二地支」の基本理解に引き続き、
「基礎編」その” となる本ページではこれら十干・十二支を順次組み合わせた「六十干支」の成り立ちと、それによって生じる「空亡」の理解、さらには日干を中心に附された五行勝ち負けの代名詞である「通変星」の基本的な理解とその活用性、及び十二運星の働きに至るまでを下記 ≪目次≫ に従って別の角度からも併せ考察してみたいと思っております。

なお本編「基礎編」シリーズとは別に、熱心に運命学を愛好される方、あるいはプロを目指して勉強されている方、さらには新たにこれから勉強してみたいと思っておられる方々も対象に、別に Web会員専用の「運命学講座サイト」を設置することでより専門的に勉学・研究できるよう便宜を図りました。

この “Web会員専用の運命学「専門講座サイト」” のご利用には龍得水発行の「パスワード」が必要となりますのでご覧になりたい方は以下の文字列をクリックして「案内ページ」を開き、ここで手順等を確認し、お申し込み頂ければ誰もがメールにて入手できます。

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これらは会員制システムを採用した龍得水が主宰する会員のための「“限定” 専門講座プログラム」であり、主に四柱推命学を中心に他にも運命学全般にわたって解説したページを加えて執筆、再編集した謂わば “上級編シリーズ” に位置付けられるもので、大いに参考になる内容と自負するところであり、取り分け
“しばらくは「独学」で” と思っておられる方には最適の講習プログラムとなっており、特にお奨め申し上げます。
上記「案内ページ」に従って是非ご一読下さい。



また「基礎編」となる本編 “講座シリーズ” とは別に、これら四柱推命によって展開された “ご自身の運命 を確認してみたいと願われる方には、かねてより龍得水が提唱する四柱推命学をベースに社会の中での各人各様の可能性を個人用に作成した「人物鑑定書」をお届けしております。

これらは
人物評価「通知表」と名称して作成されるもので、これがどのようなものであるかは現物見本を含め、以下に示した文字列をクリックすることでその内容を確認することが自由にできます。
一度ご覧下さい。

  
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これよりは「十干・十二支」を合して出来上がった「六十干支」の成り立ちを中心とする本編のテーマに従い、下記 ≪目次≫ 欄の項目通り順次説明を加えて参ります。


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四柱推命学 「基礎編」
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干支(六十干支)    
  (1) 空亡の解  
通変星(つうへんせい)  
  (1) 比肩(ひけん)  の性能   (6) 正財(せいざい) の性能
  (2) 劫財(ごうざい) の性能   (7) 偏官(へんかん) の性能
  (3) 食神(しょくじん) の性能   (8) 正官(せいかん) の性能
  (4) 傷官(しょうかん)の性能   (9) 偏印(へんいん) の性能
  (5) 偏財(へんざい) の性能   (10) 印綬(いんじゅ) の性能
        (11) 通変星活用総論
十二運星      
  (1) 十二運星の解説   (2) 十二運星活用総論
           
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      50 音別で 専門用語の索引 が出来ます

上記 ≪目次≫ 案内とは別に、本サイト内に収められた「四柱推命学」シリーズで使用されている用語集を改めて統括し、“50音別” に分類したものを下記文字列をクリックすることで個々に索引することができるように手配しました。
(あわ)せてご利用下さい。

四柱推命学「基礎編」 シリーズ 内
項目 並びに 専門用語の
50音別 索引 一覧表



四柱推命学が自然の理(ことわり)と人間社会の中で繰り広げられる “人事性” とを、いかに用意周到に「通変星」という代名詞に託しているかを理解することは本学を学ぶ上で大変重要なことであります。

まさに「通変星」は “社会” と “我が身日干” の関係を現事実である社会活動のなかでの共通した価値観に置き換えて語ることが出来る、まさに本学の「言語」としての役割りを担っているのであり、この一事をもってして如何に通変星を学び、理解することの重要性がうなずけるのである。

「基礎編」 “その3 ” となる本ページでは、この重要なる「通変星」の基礎的な理解を中心になるべく分かり易く解説し、筆を進めてまいります。


それでは前ページに引き続いて「基礎編」の解説を、以下に掲げた「六十干支」より順次進めることとします。



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 干支(六十干支)
十干・十二支を順次組み合わせていくと・・・すなわち天干の始めは「甲(きのえ)」であり、地支の始めが「子(ね)」となることは「基礎編」その 及びそのにおいて再三申し述べる如くであり、この天・地の始めである「甲」と「子」を組み合わせて最初の干支となる「甲子(きのえ・ね)」が出来上がり、これを2番目の「乙(きのと)」と「丑(うし)」で「乙丑(きのと・うし)」が成立し、さらに「丙寅(ひのえ・とら)」、「丁卯(ひのと・う)」~と、順番に組み合わせていくと最後の60番目が「癸亥(みずのと・い)」となって最初の「甲子」に戻ることになります。

いわゆる “人生60年”・・・を、「還暦
(かんれき)」と称して祝うのは上記の理由からで、生まれた時の干支が60年の一巡を経てやっと戻って来るから「還暦」なのである。

天干には天の五行あらわれてこれを陰陽・十天干で表わし、同じく地の五行も天に倣
(なら)って陰陽・十二地支に象(かたど)り、この天地が合して干支となり万象を成しているとするのです。

すなわち、陰陽・五行は大にしては天地を成し、小にしては人身を構成しているのであり、天を父とし、地を母となし、母より出
(いずる)は子となすは天・地・人三才の理で、太陽を父とし、地球を母となし、母なる大地より万物生じる大哲理に通じるのです。

重ねて云えば、天の気は「甲」の天干に始まって、地の質は「子」の地支より始まります。
そして天地が組み合わさって「甲子」の字が始めて顕
(あらわ)れ、これが順番に組み合わさっていくことで下表の如く60番目の「癸亥」に至る「六十干支」が構成され、そしてこれが基になって遠きは年々歳々に廻り来る60年を統歳し、近きは日々・刻々の時間の推移を明らかになし、また十二支は1年・春・夏・秋・冬の四季の移りを見る事が出来るのです。

このように干支は上古の時代より暦法として生活に密着し、連綿として1日の狂いも無く循環して今日に至っており、四柱推命学はこの暦
(こよみ)の中で活き続けている年・月・日・時の干支を組織して一定の看命法に従って人の命運を鑑定する学問・学術となるのです。



六 十 干 支 順 位 並 び に 空 亡 表
 空亡
 第1旬  甲子  乙丑  丙寅  丁卯  戊辰  己巳  庚午  辛未  壬申  癸酉10  戌・亥
 第2旬  甲戌11  乙亥12  丙子13  丁丑14  戊寅15  己卯16  庚辰17  辛巳18  壬午19  癸未20  申・酉
 第3旬  甲申21  乙酉22  丙戌23  丁亥24  戊子25  己丑26  庚寅27  辛卯28  壬辰29  癸巳30  午・未
 第4旬  甲午31  乙未32  丙申33  丁酉34  戊戌35  己亥36  庚子37  辛丑38  壬寅39  癸卯40  辰・巳
 第5旬  甲辰41  乙巳42  丙午43  丁未44  戊申45  己酉46  庚戌47  辛亥48  壬子49  癸丑50  寅・卯
 第6旬  甲寅51  乙卯52  丙辰53  丁巳54  戊午55  己未56  庚申57  辛酉58  壬戌59  癸亥60  子・丑


一つの干支の組み合わせは、
それがそのまま天地間・森羅
(しんら)万象(ばんしょう)の総てを内包するとし、陰陽・五行・干支60組はその一つ一つが実に広遠にして尽きる事の無い真理を有しているという理解の基に論理が展開されるのです。

実際これら60組の干支が構成される過程の中には時間の経過をも包含した四次元の空間が表現されており、干と支の天地の空間の中で森羅万象が存在し、日々刻々の時の推移・経過までもが見事に具現化されているとするのである。

すなわち、十干・十二支を組み合わせた「干」・「支」そのものが「天地」を表わすのであり、「天」なる十干は十を数えて十進法の数の推移となり、「地」となる十二支はこれを受けて十二を数える十二進法の数の推移を表現しているのである。

そして十干・十二支が合して干支となり、この干支が順次組み合わさって六十を数えることで「六十干支」が出来上がるのであり、これはそのまま六十進法の数の推移となるのであって、60秒を1分とし、これが60分となって1時間とする時の経過と合致することで六十干支のなかに四次元が形づくられるとするのです。

また、その1時間が昼夜、各々12時間ずつ経過して合計24時間が1日となり、さらに1年365日を冬至から夏至までと、夏至から冬至までの太陽の動きにあわせて「進気」と「退気」の2つに分かち、さらに進気・退気をそれぞれ季節の推移にあわせて12等分ずつした合計24等分された季節の経過をもって「二十四節気
(にじゅうし せっき)」とし、これを一年間とするのであり、天地・自然の広大・無辺の営みが、十干・十二支を合わせた「干支」60組の暦法の中で深く息づいているのです。

すなわち、1日のうち昼間の1番短い12月「冬至」はこれを境にして昼間の時間が1日々々長くなる始めとなるのであって、これよりは一陽は来復して進気となり、1月「小寒」~「大寒」、2月「立春」~「雨水」、3月「啓蟄」を経て昼間と夜が平均する「春分」に至り、さらに進気して4月「清明」~「穀雨」、5月「立夏」~「小満」、6月「芒種」を経て昼間の1番長い「夏至」となって二十四節気のうちの半分である「十二節気」を経過するのである。

そしてこれより順次に陽気は退気となって昼間が少しずつ短くなり、7月「小暑」から「大暑」へと巡り、8月「立秋」~「処暑」、9月「白露」を経て昼と夜が平均する「秋分」となり、さらに退気して10月「寒露」~「霜降」、11月「立秋」~「小雪」、12月「大雪」を経てまたもとの「冬至」に立ち戻って1年「二十四節気」が経過することになるのであって、これは1日のうちの昼間12時間、夜12時間の合計24時間をもって1日とする時間経過を敷衍
(ふえん)したもので、1年・春夏秋冬を巡る季節の時間経過とその論理が合致するのです。

以下、「二十四節気」を上記の順番に従って図表にしてみました。

進気 ⇒ 
1   2   3   4   5   6   7   8   9   10 11   12












                                             
退気 ⇒ 
13   14   15   16   17   18   19   20   21   22   23   24














このように一年・春夏秋冬のなかで寒暑冷暖が生じ、人が誕生した瞬間の干支・四柱八字はそれ自体の中で既に天地・自然の理
(ことわり)を包含して居るのであり、この地球上に誕生した一つの生命と、そこに降りそそぐ太陽エネルギーとの有利・不利が織り成す壮大なロマンを有しているのである。

我が四柱推命学は広大かつ無辺の宇宙観としての思想を投影して見事に自然界の息衝
(いきづ)きを甦(よみがえ)らせることで逆に実存の空間での在り様を敷衍(ふえん)せしめ、これにより現実体そのものの評価が可能であるとする考え方に辿り着くのであって、自然の営みの終始を一環した論理の上に築いている運命学なのです。

そしてその論理の帰結によって人生そのものをキャンバスに見立てて描くところの将来の位置、経過をも含め、これを自在に推究出来るとする我が四柱推命学の、いわば独壇場ともなる論理の根拠となっているのであります。


 (1)空亡の解


「干」は天であり「支」は地を司り、これを人事に照らせば天干は男性であり父であり、地支は女性であって母でもあります。

古来、“孤陽
(こよう)生ぜず”、また “孤陰(こいん)成らず” の例えの通り、地あっても天を戴かないのは万物生じる効はなく、母あっても父なくば子は産まれない理から「空亡」の考え方が成立しており、別名「天中殺(てんちゅうさつ)」とも称します。

空亡は図表に示す六十干支順位表の右端に掲げた通りですが、これが成り立ちの理屈は次のようになります。

   第1旬 「甲子」の旬中は「戌・亥」の2支が空亡となる。
   第2旬 「甲戌」の旬中は「申・酉」の2支が空亡となる。
   第3旬 「甲申」の旬中は「午・未」の2支が空亡となる。
   第4旬 「甲午」の旬中は「辰・巳」の2支が空亡となる。
   第5旬 「甲辰」の旬中は「寅・卯」の2支が空亡となる。
   第6旬 「甲寅」の旬中は「子・丑」の2支が空亡となる。



60 干支順位 ( 一部 ) と 空亡 空 亡
 干支順位 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (11) (12)
第 1 旬 甲子 乙丑 丙寅 丁卯 戊辰 己巳 庚午 辛未 壬申 癸酉
  干支順位 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 (21) (22)
第 2 旬 甲戌 乙亥 丙子 丁丑 戊寅 己卯 庚辰 辛巳 壬午 癸未
                         


すなわち空亡の出来る論理的な根拠は、上図に示すとおり十干を中心に十二支を組み合わせていくと、干と支それぞれの個数が(10)天干と(12)地支で常に(2ツ)の地支が余る、いわゆる「支」在るも「干」が乗らない形になり、これをもって「地」あって「天」を戴(いただ)かない空虚な状態とし、「空亡」と称するのです。

この空亡については
別の呼称を用いて「天中殺」占いとか「大殺界
(だいさっかい)」等と名称されるケースもあり、これらは “空亡の地支” が廻(めぐ)って来た年・月を “天中殺”、あるいは “大殺界” と称して占う一つの占術法で、これには十二運星が基本的に有するところの輪廻の考え方、すなわち “長生の誕生から始まって沐浴~冠帯~建禄~帝旺と上昇を続けた後に~衰~病~死~墓~絶に至って衰弱したところで新しい命が宿り、これが~胎~養の妊娠期間を経て始めの誕生である長生に戻る” とする行運原理を加味して構築されたものであります。

このように単語の意味だけが一人歩きして運命そのものを語るようになったり、また最近見かけるのは一つの干支だけが単独で一人歩きしてこれを
“異常干支” として吉凶を判断する所謂(いわゆる)「干支占い」も巷間もてはやされているようで、それはそれで “シンプルで解りやすい” とも言えますがインパクトの強い代名詞だけが一人歩きして占断されているような感も否めず、四柱推命学 “的” に見れば到底肯定することは出来ないほどの立場の違いが “有る” としか言いようがありません。

そもそも四柱推命学は日干である我が身と太陽との関係を中心に構成された運命学であり、その中でも「生月」の支は地球上の春夏秋冬を支配する太陽の絶大なるエネルギーをストレートに表わすもので、日干と雖
(いえど)もこの太陽の影響下にさらされて逃れることは叶わない・・・ と、見るところから出発する多層的な論理構成で成り立った運命学であって、一個の干支の吉凶を論じて「運命」という大きな河の流れを判断するということはないのである。

ちなみに四柱推命学 “的” には、仮
(かり)に四柱八字の中で日干より見て空亡に当たる干支が現れてこの空亡を解くものが他に無いと仮定すれば、その空亡の支がもともと意味するところが吉ならば吉意を空しくして我に味方せず、逆に凶であればかえって凶意を空しくして我に危害を加えること少なしと見るのが本学の全体に通じる共通原則であります。


また別に細木数子先生の「六星占術」
で云うところの一つである “土星人” に例をとれば、その人の生まれた日の干支が上図六十干支表の第1旬中、すなわち「甲子」~「癸酉」までの「戌・亥」空亡の旬中に誕生日が該当する人がいわゆる「土星人」となり、また「六星人」それぞれの “大殺界” は “空亡” の支を基点として「十二運」輪廻表をあてがっているようで、これに関連したもので
「0(ゼロ)の占命法」という占術法もあり、これらは下記文字列をクリックすることで「十二運星」との関連確認もできます。

  「0(ゼロ)の占命法」と “十二運星” を見る

以下には参考までに「六星人」と六十干支表に示された “空亡” との関係を記します。

60干支 空亡 六星人      60干支 空亡 六星人
 第1旬  甲子~癸酉旬中 戌・亥 土星人    第4旬  甲午~癸卯旬中 辰・巳 天王星人
 第2旬  甲戌~癸未 申・酉 金星人    第5旬  甲辰~癸丑 寅・卯 木星人
 第3旬  甲申~癸巳 午・未 火星人    第6旬  甲寅~癸亥 子・丑 水星人


四柱推命学における「空亡」の判断は、あくまで四柱八字の内での一要素としての作用を重んじるものであり、「空亡」それ自体は「凶作用」であっても、結果としての実際の影響は「吉」であったり、また「凶」であったりもするのであって、これは四柱推命学全般に言える、いわば本学が基本的に貫いている判断スタイルでもある。


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 通変星(つうへんせい)
四柱推命学は人間の誕生日である年・月・日・時の四つの時間的な数値を六十干支暦表に従ってこれに該当する干支に置き換え、生年の柱・生月の柱・生日の柱・生時の柱として四柱に分かつことから四柱推命学と称するもので、さらにこの四柱・干支・八字のうち生まれた日、すなわち日柱(にっちゅう)の干支から天干を採(と)ってこれを「日干(にっかん)」、あるいは「日主(にっしゅ)」と名称、これが中心となって我が身自身が定まるとするのである。

四柱・干支「八字」のうち自己である日干が決まれば、この日干以外の四柱「七字」は自己が置かれた環境であり、その環境の下での影響で形成されたであろう自己の基本的な性情、いうならば個性が形作られる原点であり、さらにはこの自己を中心とした人間関係でもあり、社会という環境の中での将来を含めた我が立ち位置でもあるとするのです。


すなわち、これより解説する「通変星」とは、この自己である「日干」の五行と、自己以外の他の「七字」に当たる天干五行との力関係や環境の影響力を、「通変星」という代名詞に置き換えることでより具体性を帯びた現実の事象として捉
(とら)えることを可能成らしめるもので、これが働きを習得することは本学を学ぶ上で大変重要であります。

通変星については古来より「通変自在」とか「通変百態」といったタイトルで解説されるほどその奥は深いですが、本編「基礎編」では原理・原則論に止めます。

より詳しい通変星 “活用法” の理解を希望される方はこの「基礎編」シリーズとは別の、龍得水 主宰による ≪Web会員専用の運命学サイト≫ 内にて「通変星理論・活用自在」ページとして既に掲載しております。

本ページの冒頭でもご案内の通り、これらは一連のシリーズとして会員専用のサイト内にて他のページと一緒に収められているもので、ご覧頂くには「パスワード」が必要であります。


これを取得する方法についてはいったん目次欄に戻り、記載されたリンク・ページの案内に従って専用サイトを開いてお進み頂くか、下記文字列をクリックすることでもその「案内ページ」が開きますので、さらなる学習を望まれる方は下記「案内ページ」を開き、ここでの手順説明に従って龍得水発行の「パスワード」を入手することで、今後は自由に「運命学専門サイト」内のページをご利用頂くことが出来るようになります。


 「パスワード取得の案内ページ」に

本題に戻ります。

重ねて通変星とは、日干の自己を中心に他柱天干・陰陽・五行の制・剋・生・化を最も巧妙に表現した代名詞であり、実社会に於ける人間関係の機微を代弁するもので、先人の知恵とその用意周到さには驚嘆
(きょうたん)するばかりである。

以下その通変星の成り立ちと原理を一覧表示します。



通 変 星  早 見 表

通変星 干
比肩
劫財
食神
傷官
偏財
正財
偏官
正官
偏印
印綬
左図の見方は生日の干が(甲)の場合、下に見て
同じ甲が比肩。乙が劫財。丙は食神。丁は傷官。
戊が偏財。己は正財。庚が偏官。辛は正官。壬は
偏印。癸は印綬となり、以下同じ見方です。

自己と同じく陰陽同一の五行は比肩。
自己と同じ五行でも陰陽異なるは劫財。
自己より生じる陰陽同一の五行は食神。
自己より生じて陰陽異なる五行は傷官
自己から制剋して陰陽同一の五行は偏財。
自己から制剋して陰陽異なる五行は正財。
自己を束縛する五行で陰陽同一は偏官。
自己を束縛する五行で陰陽が異なる五行は正官。
自己を生じてくれる五行で陰陽同一は偏印。
自己を生じてくれる五行で陰陽が異なるは印綬。


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これより
「通変星」 の 基本的な性能を解説

これよりは以下の項目に従って各「通変星」ごとの基本的な性能の理解に筆を進めます。

前段でも申し述べる如く、これより解説する各「通変星」の一つ一つは本学の体系的な理解のうえでも大変重要な役割りを担っているのであり、それは内的な性情とその因ってなすところの個別の価値観の形成を表わすと同時に社会の中での自分自身の立ち位置、すなわち社会的な活動性とその結果としての禍福の暗示までをも敷衍して指し示すことを「通変星」それぞれが意味するところの基本言語を通して可能ならしめているのである。

本編「基礎編」ではその代表的な解釈を中心に説明を加えることに止めますが、流派によっては五行の解釈を中心にして「通変星」の働きを軽んずる教室もあるようで、これでは折角五行の作用を人事全般の言葉に置き換えてさらに分かりやすく身近な事例として「通変星理論」が構築されていることが勿体
(もったい)無いとしか言いようがありません。

どうかその意を持って「通変星」を軽んじることなく、その論理性の習得と、さらなる研鑽を願って以下「通変星」一つ一つの基本性能の説明に移ります。


 (1)比肩
(ひけん)の性能


比肩とは、日干の自己と五行も陰陽も同じとなる天干同士の代名詞で、甲が甲を見て比肩、己が己を見ればやはり比肩となり、日干の「我」と “肩を比べる” 立場を同じくした自己以外の者で、自己とは対等の星の意となります。

比肩は日干と同等の権利と責任と欲望を共有した星神であって、互いが成果を分かち合う協力者であり、また占有権を争う競争相手でもあります。

ために日干が比肩を見るときは結果としての吉凶を別としてお互い目的のために徒党を組んで強力となり、その力に恃
(たの)んで我が意を通さんと欲して些細なことでも負けるを好まず、束縛を嫌って我がまま自尊の念を強くし、結果、独立・進取の気概旺盛といえども概してお山の大将的な行動意識を持つ者多し。

しかしまた比肩は偏財の福を分配して日干の独占を妨げる作用があり、重ねて比肩多きに逢えば財は分散して戦々恐々
(きょうきょう)の体(てい)となり、福分が分散して我が身に止まらないのです。

比肩は日干の我と同類の星神であることから、同性の兄弟・姉妹、あるいは身内、朋友、立場の同じ競争相手であり、すなわちそれは味方でもあり、また許し難き敵の立場ともなる作用を持った星神でもあるのです。

男命の比肩は女性を制剋する星でもあり、この星神多きは独占欲強くなって女性の自由を束縛し、縁は再三に亘って変わり易く、逆に女命は自我自尊の念から男性との対等感が強くなり、“縁の下の力持ち” のような作業、あるいは尽くし方が苦手となって同じく縁が変わり易いと判断されるのである。


 
(2)劫財(ごうざい)の性能

劫財は、日干の自己と五行は同じであるが陰陽が異なる天干同士の代名詞で、甲が乙を見て劫財、己が戊を見て同じく劫財となります。

比肩は日干と陰陽が同一でいわば男同士のような情の上で構えた関係となるが、劫財は逆に陰陽が日干と異なって男女が和合するような親しさと、馴れ馴れしさが同居する関係となり、その作用も比肩に似るのですが、この星をさらに凶星とする第一の理由は我が日干が大切にする宝物としての正財と劫財が徹底した敵対関係となることから “財を劫
(うば)う” の意を重く見て劫財と称する所以(ゆえん)なり。

劫財は比肩と同じように身内、朋友の星としますが、陰陽を異になすことから男から見た女の姉妹、あるいはその逆ともし、日干を強力にしますので強気で独立心旺盛の気風が強く、劫財が重なるときは我がまま横暴となって男女共に不和・論争多きに流れ、建前と本音の差が大きくなって外柔・内剛、すなわち外は謙譲
(けんじょう)和順の如きも内に敵がい心を逞(たくま)しくする等、加重するときは笑顔と我儘が二重人格的となって吉意を奪います。

劫財を含め、全ての通変星は日干の「旺衰」、「強弱」によってその「吉凶」、「喜忌」は変化するのであり、すなわち日干である自己の力量、状況の在り様が先ず第一に問われ、しかる後に日干を中心に附された各通変星それぞれの吉凶も定まるものと承知されたし。

重ねて劫財を論ず、日干弱衰ならば劫財は我と手を携えて福を分かち合う親しい味方なるも、加重すれば我がままとなって自己主張多くなり、親しいはずの味方は我を裏切って孤立無援、不和論争して集散常なく、財も浮雲の如し、すなわち我が手中の宝は馴れ馴れしき劫財に奪われてやがて貧に至るのです。


 
(3)食神(しょくじん)の性能


食神とは、比肩と同じように陰は陰同士、陽は陽同士で日干が陰陽不配偶で生じる五行の代名詞であり、甲が丙をみて食神、己は辛をみてやはり食神となります。

食神はよく財を生じて財星の根となり、衣・食・住の “食禄
(しょくろく)” を司ることから食神と称し、生活の基盤である食生活全般の豊かさを表わしてその性能はよく財・官に勝り、古来より吉神中の吉神として扱われています。

また食神は我が身日干の敵星である七殺偏官を制して日干を護ることから別名「寿星」とも称し、この星命中にあって健良なれば寿命久しいともいわれ、偏官の横暴をコントロールし、併せてよく財を生じる作用をなすをもって一石二鳥の働きをする貴重の星神と云われる所以
(ゆえん)なり。

ただし、食神は偏印来たるを最も恐れ、すなわち食神は偏印が七殺敵星に当たることから一転して「倒食」となり、衣・食・住の基本生活が脅かされて軽くとも生活の不自由を余儀なくし、重きは破家亡産の憂いもあるとするのです。

重ねて食神は日干の我
(われ)が直接生扶(せいふ)する対象のものであり、女命にあっては自らが直接出産する子供の星ともし、また別の見方としては男命からは食神が異性を意味する財星の根となり、食神はこの財を助けることから女性に対して “いたわり厚いフェミニスト” の評価を高くする者も多しと判断されるのである。


 
(4)傷官(しょうかん)の性能


傷官は我が身日干が陰陽配偶して生扶する五行の代名詞で、日干が陰陽和して相手を生じる関係となり、甲が丁みて傷官、また己が庚をみて同じく傷官となる。

食神と同じく、よく財星の根となって富を築く基
(もとい)の星となりますが、我の名誉、地位を司る正官と七殺敵対関係となって著しく名誉を傷つけるため、“官を傷(やぶ)る” として傷官と称せられ、その作用は複雑で振幅も激しいため看命には細心の注意が必要な星でもある。

前途食神との違いは、食神は陰は陰同士、陽は陽同士で相手を生じる関係で、それは “ギブ&テーク” の計算された親切であり、思いやりでもあるという合理性が働いて、結果的に双方を傷つけない生扶の仕方となります。

それに引き換え傷官は陰陽和して相手を生じる関係であり、例えれば異性に深情
(ふかなさ)けをかけて溺れるような思い入れが生じる・・・いわば合理性を欠いた損得の常識を超える作用のある星・・・で、古来より革命の星、あるいは偉大な文人・学者、さらには発明・発見の偉業を成し遂げた者にもこの星を見ることが多く、吉意を発揮するときは常識を越え、よく他人を凌いで驚天(きょうてん)動地の働きをなすのです。

しかし傷官は我が社会的な評価としての名誉である正官を直接傷める星であり、傷官凶意を逞
(たくま)しくして救うもの無きときは百事損害となって自己の名誉や社会的地位を甚(はなは)だしく傷つけるのです。

重ねて傷官は、正官の法律、秩序を、“我こそ正義なり” の思い入れで規
(のり)を越える勢いがあり、自己評価を高くして束縛されるを嫌い、社会的には独善的でマイペースといった “変わり者” のアウトローの感が否めません。

また男命にとって傷官は食神と同じく財星の根であり、女性の我がままに鈍感で、優しいと無関心が同居したような対応振りとなり、結果的に女性上位の関係であっても自分に害が及ぼさない限り気にならないといった、ある種独特の感性を有するとも言える。

また女命の場合は傷官が子供の星となりますが、同時に我が夫となる正官を傷
(やぶ)りますので制化悪ければ軽くても口論多くして生別の憂いがあるとするのです。


 
(5)偏財(へんざい)の性能

偏財とは、日干の自己が陰陽不配偶、すなわち陰陽和す形ではない関係で相手を束縛し、管理制剋する五行の代名詞で、甲が戊に臨んで偏財であり、己が癸をみてやはり偏財となります。

このように不配偶といえども自らの力で制剋・管理する対象のもので、いわば自己の所有物、あるいは運用する流動資産でもあり、故に “財” の字を冠するといえども、後述する正財に対して偏財と称するは何故であるか?・・・これは通変星における「正・偏」共通の概念であり、ここに一括して解説を加える事とします。

そもそも「正・偏」の違いは再三述べる如く、日干の自己から見て対象の五行・天干が陰陽配偶して有情となっているか、あるいは不配偶で無情の関係であるか・・・で、分けられているのであって、「比肩・食神・偏財・偏官・偏印」は無情、「劫財・傷官・正財・正官・印綬(正印)」は有情の関係となり、有情とは、自己とその対象の間に生じるある種損得を抜きにしたような思い入れ深い情の上での大切感、あるいはこだわり感が、ときに合理性を越えてまでその対象に対して懸命となる情の流れとでも定義すれば適切と云えようか・・・。

逆に無情とは、有情と比べて自己と対象の間に生じる距離感があって、例えその対象が自分にとって大切なものであったとしてもその大切感に温度差があり、それ故に合理性の規
(のり)を越えることは無く、ある種の計算と保身が情愛よりも優先することが、対象との関係において冷静で、ときには冷ややかとも思える怜悧な対応振りになるのであり、これを定義して無情と云うべきであろう・・・。

重ねて偏財は、正財の思い入れ深き絶対に失いたくない大切な大切な財産に比し、例え大切であっても合理性をもってより有利に運用したい財産であり、広い意味でのあらゆる占用物となるのであって、故に正財は対象に固執した手堅い固定資産的な財に例える根拠があり、偏財はむしろ対象に対しては正財ほどの執着感はなく、むしろ淡白に流れて意外僥倖的な流通の財として機を見るに敏となり、手ばなれよく運用に運用を重ねて一代で相当の財を築くに至るとする論理性にも辿り着くのです。

男命は偏財をもって偏妻、すなわち愛人・愛妾とし、正財を正妻とするはこの間の消息を如実に表わすもので、正・偏の財が交集するは両
(ふたつ)ながらの対象に対する日干から見た総合的な大切度の濃・淡の違いの中で、本気、浮気共に乱れるのです。

また女命は正・偏財を問わず、いずれも夫の星である正官の根となるもので、正官を生扶する財星破れるときは夫に対して内助の功を全うできず、大過すれば尽くしてかえって疲れるとするのである。

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(6)正財(せいざい)の性能

正財とは、日干の自己が陰陽配偶にて制剋する五行の代名詞で、甲は己をみて正財、また己は壬をみて同じく正財となります。

自己の五行から制剋した五行が財星となる理屈は、財産を勝ち取り、これを管理するということは自ら知恵を出し、エネルギーを消費し、他からの強奪を許さずして積極的に我が財をコントロールすることであり、故に我より制剋する星をもって財星とするのである。

従って単に命式中に財星豊富なだけでは富裕とはなり得ず、財の多さに相応した日干の強力な力量もまた要求されるのです。

正財は陰陽和した思い入れ深き大切な我が所有物であり、宝であります。
この大切な宝物である正財と七殺敵対関係にあるのが劫財であり、正財が最も恐れて “財を劫
(うば)う” はまさに劫財の星となるのです。

また逆に、正財は日干の母星となる印綬と敵対してこれを破る作用があり、男命は正財をもって妻とし、印綬は母であり、古来より嫁と姑とは天性相容れぬものが命理の上でも実証されるのである。

重ねて財星は正・偏を問わず多きに過ぎれば明に暗に印星を破ることになり、このため男女共に尊親と情理の上で齟齬
(そご)を生じやすく、愛憎による不仲、あるいは両親の別離による離苦等々、印綬破られることで暗示される出来事が起きるとするのです。


 
(7)偏官(へんかん)の性能

偏官とは日干の自己から数えて七番目の通変星に当たり、陰陽不配偶で我が日干の自由を徹底的に束縛する五行の代名詞が偏官であり、別名 “七殺” とも称し、我の意に背いて無情な牽制(けんせい)を加えんとなす最も忌(い)むべき敵星で、甲は庚をみて七殺・偏官、己が乙をみても同じく偏官となります。

このように偏官は無慈悲で苛酷な試練を意味し、日干に対して常に我慢
(がまん)と忍耐を強(し)いる星神ではあるが、逆にこれによく耐えるときは苛酷な試練を乗り越えて逆に発達は異常でもあり、一代で “一方の雄” となる驚天動地の働きをなして権勢を手中に収めるのです。

しかし日干に耐える力量薄きときは、無慈悲な猛虎は暴れて我が意に徹底的に抗してこれを施すに術
(すべ)が無く、百事不如意(ふにょい)となって身を危うくするに至るのです。

偏官は、日干にとって実
に不条理極まりない危害の数々を総称した星神であるが、食神をみるときは危害はよく制伏されて我が日干を逆に盛り立てる忠実な僕(しもべ)の役割をなし、また印星をみるときも偏官は印を生じて印の徳に化すことで性質和順となり、諸災害を未然に防止して福禄を得るのである。

また女命は偏官をもって偏夫、すなわち愛人、間夫を意味するところとなりますが、正官が命中に無きときは偏官をもって正夫とみなし、正・偏交集すれば夫縁に苦情多く、重きは苦痛に耐えかねて別離のことも生じますが、その後も独り身を通す者は少なく、再婚するか、あるいは依存して愛人関係を許容する傾向が強いです。


 
(8)正官(せいかん)の性能

正官とは、日干の自己が陰陽配偶して制剋を受ける総ての対象となる事柄の五行の代名詞で、甲は辛をみて正官、己は甲をみて同じく正官となり、我が身日干に対して有情的に束縛を課して君子の道を諭(さと)し、教導する星神であり、通変星中最も尊貴の神とされる。

大にしては国に法律があり、小にしても個人を規制する良心、あるいは自制心があり、また社会通念としての道徳も存在するわけで、君子はそれら規制を自らに課すことでその範囲を越えることなく生活し、自由を制限することで皆が安寧
(あんねい)を得ている ・・・ 謂わば社会正義を代弁する星神であり、故に通変星中第一の貴星とし、この星破られるを最も忌むところとするのである。

すなわち正官はこの社会秩序の中での名誉、権威、職禄の神であり、この星神傷
(いた)みなければ一代でよく立身成功して必ずや人の長上となり、名誉と富栄を成すにいたるのです。

しかし正官たとえ有情といえども我が日干を束縛することに変わりは無いのであり、故に日干は強きを欲して弱きを好まず、弱勢となれば正官の重責に喘
(あえ)いで度々(たびたび)に亘ってその任に堪(た)えられず、一転して貧窮・辛苦の命となるなり。

また正官と偏官が何故に男命にとって子供の星となり、女命は夫の星となるのかの理由は、動物学的にも雄
(おす)は雌(めす)よりも身体も大きくて腕力も勝っているケースが多く、人間もまた然(しか)りで、単純に腕力の差で男は女を束縛の対象に置いていると考えるが一番自然な考え方で、故に女命は我が自由を束縛する官・殺をもって男性の星とし、男命は我より束縛・管理する財星をもって女性の星とするのである。

そしてその財星が生じる官・殺が男命よりみた子供の星となるは逆に養育義務が男に課せられて自由が束縛されるからであり、ここに至って家庭秩序が護られるとする四柱推命学の独特な論理構成の用意周到さがここでも発揮されているのです。


 
(9)偏印(へんいん)の性能

偏印は日干の我を陰陽不配偶にて生扶してくれる五行の代名詞で、甲は壬をみて偏印、また己は丁をみて同じく偏印となり、陰陽配偶して我が日干をひたすら助ける印綬の実母の意に対して偏印は継母、あるいは義理親の星神とするのである。

印は偏・正を問わず我が日干を助けてくれる慈愛の星ではあるが、偏印は情の上で偏印自身と日干の間に計算された合理性が生じるのであって、これが日干の側から見た場合に、印綬の一心同体の無償の愛と比べて、やや距離感のある “二心同体” の少しく冷めた愛に感じるのであり、これをもって偏印を継母、義理親の星とする理由で、すなわち陰陽不配偶の情の流れとはこれなり。

しかし偏印は不配偶といえども日干を生じる星にかわりはなく、制化よろしきを得れば印綬に勝る働きを成し、芸術、文学、技芸等には先見の明と、機を見て敏なる特質を生かして好機を捉え、大いに名を成す者も多いのです。

また偏印は我が食禄の星神である食神を倒して甚
(はなは)だ凶星でもあり、偏印大過するときは外柔内剛に傾いて自己愛を強くし、何事も多集多散となって結果貧命に至り、晩年孤独に泣くことになる。


 
(10)印綬(いんじゅ)の性能

印綬とは、陰陽配偶して日干の我れを生扶(せいふ)してくれる五行の代名詞で、甲が癸をみれば印綬となり、己が丙をみても同じく印綬となるのであり、日干の自己を無条件で、かつ愛情をもって支え、慈育する生母・尊親の星であります。

また印綬が正しく日干を慈育するということは、広い意味で言えば人間として、個人として、一生の血肉となる学問、教育、哲学、宗教心でもあり、これらは一旦身に付ければ決して失う事の無い “教養” という我が身の財産となるのであって、故に印綬は「教養の神」ともし、この星神傷
(いた)みなくして健旺なれば聡明多智にして思慮深く、誰にも公平を重んじて平等性を保持し、よく飲食を楽しんで天恵ありとするのです。

しかし大過するときはたとえ印綬といえども自己愛を強くして内剛の人となり、名を惜しむがあまりに争いをことさらに避け、孤高
(ここう)となって自らの殻にこもるのです。

印綬は日干を生扶すると同時に傷官の凶暴性を制剋して我が正官の貴を護り、併せて偏官の強い束縛からも印綬の徳に化して我が身を護る一石三鳥の働きをなす星神となりますが、日干が印綬に頼るときは正財来たるを恐れ、命中の印綬が破剋されるは我が身の免疫力が著しく低下するに等しく、日干の我は細菌(諸災害)にさらされて孤立無援の状況に陥り、一転苦労の命と変化することになります。


 (11)通変星活用総論


そもそも通変星とは、五行「木・火・土・金・水」が互いに繰りひろげる制剋・生化の力関係の顚末(てんまつ)を、陰陽10個の通変星を通してその働きに具体性を付与して表現している代名詞であり、四柱推命学を通じて実社会の人事の出来事を語る上でこの通変星は大変重要な役割をなしているのである。

その意味で、この重要なる通変星を軽んじる者は、いわば多様な言葉の意味を理解せずして意思疎通を図るようなもので、語彙
(ごい)少なくしては文学も、哲学も、・・・ 否(いや)、もっと身近な自分の意思そのもでさえも相手に正確に伝えることが適(かな)わないのであり、四柱推命学における「通変星」とは、すなわち本学を “表現する言語” そのものなのであります。

本編においても再三申し述べる如く、通変星とは日干を中心に四柱八字の内で繰り広げられる制剋・生化の力関係を、より実生活の機微に触れる形で表現することを可能ならしめた、シンプルだが幾通りもの想像力を駆り立てる巧妙なる代名詞といえる。

これら各通変星の基本的な意味合いの違いと働きは、前段において概略ながらその原則に則
(のっと)って解りやすく説明を加えて来たとうりでありますが、この一見複雑そうな通変星の働きを、日干の側から見て大雑把に以下の三種類に区分する事もできるのです。

その一は、日干の側から結果的に相手の都合等
(など)あまり考えずに自らアクションを起こしている・・・いわば日干そのものが他者に対して能動的な関係、すなわち我が日干が自分の意思で相手、もしくは対象を生じようとする「食神・傷官」の関係と、同じく日干自らが相手を強く束縛・管理する「偏財・正財」の関係である・・・当然だがこのとき相手は常に受身である・・・。

その二は、逆に相手の都合でアクションは常に起こされ、日干はその影響下にさらされて・・・いわば受動的となる関係、すなわち我が身の自由が相手、もしくは事象の強い束縛によって制限されてしまう「偏官・正官」の関係と、さらにはたとえ好意といえども相手のアクションから受動的に日干が助けられる「偏印・印綬」の関係がこれにあたる・・・この場合、日干の我
(われ)は常に受身であることを余儀なくすることになる・・・。

その三は、日干と相手、もしくは事象は常に対峙
(たいじ)した状態から出発していて、お互いが意識の上ではあくまで同等であり、対等である「比肩・劫財」の関係がこれにあたる・・・この場合でも当然結果的には勝ち負けが生じるのであるが、その出発点においては “気持ちの上では「対等」である” といった、ある種の高揚感が自分を支えるのである・・・。

これをさらに大雑把に云えば “加害者の立場” となる「食神・傷官・偏財・正財」の見方、それとは逆に “被害者の立場” となる「偏官・正官・偏印・印綬」の見方、そして対等・平等な “権利と義務を分け合う立場” となる「比肩・劫財」の見方である。

日干を助けてくれる印星をもって何故に “被害者の立場” とするかは異論のある方も多いと思いますが、受身である限り例えば “もっと助けてくれれば良いのに” とか、あるいは “溺愛するから自分は意気地が無くなって自立できない” 等々、助けられる側の屈折した感情もあるのであり、助ける側に依存するからこそ芽生えるこうした感情は、それがたとえ “甘え” であったとしても、まさしくそのとき “被害者の立場” といえる複雑な心の歪みを増幅すると思うからに他ならない。

さらに一例すれば、たとえば甲は戊をみて偏財となり、陰陽不配偶であることからやや淡白に、気持ちよりも合理性を優先して我が対象を束縛・管理せんと欲するが、これは加害者側から見た偏財の働きである。

しかし逆の立場で戊から甲をみるときは七殺・偏官の関係となるのであり、淡白は冷徹に、合理性の優先は非情な対応振りとなって対象から強く束縛・牽制され、我が自由を拘束する許し難き不条理が降りかかっているのであり、まさに通変星を挟
(はさ)んで結果は裏と表の微妙な関係でもあることを知るべし。

通変星の奥の深さは実に巧妙にして用意周到なるものがあり、自然の摂理からも、また入り組んだ人事の複雑さに照らしてもその活用は自在で、まさに通変星を理解することが四柱推命学を表現する “言語” を手に入れることであって、これが理解出来ざる者は本学を駆使して現実社会の機微を伝える大切な手段を未だ習得出来ていないと言う他ないのである。

ちなみにこれら「通変星」の活用をさらに精査して理解を深めることが出来るシリーズも “上級編” として会員専用に用意しております。

これらは「通変自在論」と銘うってより理論的に通変星それぞれの活用を多岐にわたって解説したものであり、さらなる理解を希望される方、あるいはその内容を確認したい方も以下の文字列をクリックしてお進み下さい。

   運命学「上級編シリーズ」の案内ページに進む


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 十二運星
十二運星とは、五行・十天干それぞれが十二地支と組み合わさることで生じる旺衰の変化を循環的に十二個の星で表わしたものであるが、各運星の名称が一つの人生輪廻の形で表現されている事から、この十二運星の変化をストレートにそのまま各人の運勢に置き換えることで、長生から始まって冠帯・建禄・帝旺と運気は上昇を極めていき、帝旺を頂点としてその後は下降して死・墓・絶と運気は最低レベルに落ち込むとする十二運中心の判断方法を主宰する運命学の流派もあるようです。

ただ四柱推命学では十二運星がこのように独立した形で人の命運を云々すると云うことはなく、日干を含めた各通変星の旺衰・強弱を測る一つの物差しとして利用することを専
(もっぱ)らとし、重要ではあるがあくまで補助的な役割を担うものであって、十二運星が一人歩きする事は無いのです。

それでは十二運星の基本性能を個別に解説いたします。


 (1) 長生

    ちょうぜい

長生とは、人が母胎を離れて呱々
(ここ)の産声をあげた溌剌とした状態をあらわし、勢いはやや盛んとみる。
聡明にして穏順、新規創建等の意味を持ち、喜神、用神が長生に逢えば発達は速やかで福禄も厚いとします。

 (2) 沐浴

     もくよく

沐浴は母胎中の垢を洗い去るための入浴の意となり、赤子のときなれば力量は極めて微弱となり、「敗地」とも称して吉の地とはなりません。
しかし別名 “小長生” とも言われており、必ずしも凶ではないとします。
字義の通り裸となって入浴の意から、色情、あるいは酒色風流ともし、技芸、文章等を表して、吉凶は命の清濁によるのです。

 (3) 冠帯

    かんたい

冠帯とは衣冠(いかん)束帯(そくたい)の意であり、冠(かんむり)をかぶり、正式の服装を整えて元服して一人前になることであり、元気・勢力も次第に増大し、力量はさらに盛んとなる。
発展、繁栄を意味し、貴神、吉星臨むときは功名をあげるとするのです。

 (4) 建禄

    けんろく

成人となって職禄につくことで、建禄を一名 “臨官” とも云い、事に臨んで官に仕え、禄を食(は)むの意であります。
生気旺盛のときに当たり、十二運中名実共に最高の地となり、吉星この地に臨めば最も貴気が深く、身分の上下を問わず発達・開運せる力量有りとするのです。

 (5) 帝旺

    ていおう

帝とは大なる象で、旺は最も盛んなる意となり、盛衰の中で極めて盛んなときとなる。
しかし極盛は既に極まって衰えるの前兆でもあり、次の「衰」の手前に位置して運命の分岐点となり、これより傾きに向かう意も含むのである。
権威、頭領、最大を表わし、命式良好なれば名利共に達して名を後世に残す、字義通りに解釈すれば頂点を極める意となる。

 (6) 衰

     すい

衰は太陽すでに中天をまわって退気となり、盛んを過ぎて衰えていく消極的な情勢を示すことになる。
人間の精神、気力、体力が徐々に衰えに入る意で、温和、慈悲、淡白を表わし、弱地となって力量は弱まるとします。

 (7) 病

     びょう

病は人生一代の栄枯の中で活気は衰えて老い、病むことを意味し、進取性も薄弱となって力量はさらに弱くなるとします。
吉凶成敗は命式の好悪によるところが大である事は申すまでもないことであるが、何事も他動的となるのです。

 (8) 死

     

人間の生命の終わりは “死” であり、精神機能の滅失と生体活動の停止した状態で、勢いをまったく失した極めて弱き地なり。
命式凶命で “病・絶” 等を並するときは、晩年に至って妻子無く、衣食にも窮して災病綿々として招来せり、と云われるがもちろんこれは十二運星単独による判断であり、あくまで参考までとします。

 (9) 墓

     

墓は人が死んで後土中に納まり、かえって霊魂安らかとなって鎮(しず)まるの象があり、故に力量は衰えて弱からずとし、全てのものが土に帰して蓄積されるとして星の働きは微妙であるとします。

(10) 絶

     ぜつ

形あるもの、命あるもの全て絶して無となり、勢いは極めて弱い状態となるも絶した後は還元して忽然(こつぜん)と改まる機運を蔵す。
命式良好となれば絶中に生を得るとするのである。

(11) 胎

     たい

絶した霊魂は再び胎内に宿り、次なる命をつなぐときとなる。
漸次勢いを蓄えようとする状態で、力量はこれより上向くとするのです。

(12) 養

     よう

養は新しい生命が胎内に宿って養分を吸収することで生育し、生誕にいたるまでの過程を意味し、力量はさらに上向きとなりますが未だ強きには至らないとする状態を表わします。


以上が十二運星の個別の性能であり、これを四柱命式に組織なすには「十二運星・早見表」により繰り出すのであり、以下その早見表を一覧表示いたします。



十二運星 早見表

 十二運星 干
長生
沐浴
冠帯
建禄
帝旺
十二運星には「陽生・陰死」の理があり、すなわち左表のように陽の天干の「長生」は陰の天干では「死」の位地となり、逆に陰の天干の「長生」が陽の天干では「死」の位地と定まるのです。

そして陽は、甲で例えれば亥・子・丑・寅~酉・戌と順行して十二運星を廻り、陰の乙は午・巳・辰・卯~申・未と逆行して十二運星を廻ることになるのです。

また戊・己の土は、辰・未・戌・丑と、それぞれが春夏秋冬の晩気、すなわち土用に位地するのであるが、「火土は同根」の理から丙・戊は同一とみて丙に倣い、丁・己も同じ理由で己は丁の火に倣って同一の十二運星が附されているのです。


 (1)十二運星活用総論


四柱推命学における十二運星の働きは前途「空亡の解説」でも申し述べた如くで、十干、すなわち日干を含めた各通変星が有するところの旺衰・強弱を表わす物差しとして利用され、十二運星本来の字義が意味するところの働きである「長生」から始まって「養」に至る “生~壮~老~死” の循環的な運動性を直接採り入れて鑑定に及ぶということは殆(ほと)んどないのである。

しかし本学が十二運星を軽んじているわけでは決してないのであって、各通変星の旺衰を量
(はか)ることは本学の根幹をなす重要な活用秘儀でもあります。

ただ、十二運星が直接示すところの字義である人生輪廻としての循環運動をことさら採り入れるまでもなく、四柱推命学そのものの構成の中で運動としての人生輪廻を、より論理的に、かつ合理性をもった形で指し示す「行運看法」が確立しているからに他ならないのである。

この十二運星についてはこれ自体が独立したような形で利用されているケースもあって、十二運星と空亡をドッキングして新しいジャンルの運命学を確立したものとしては御射山
(みさやま)宇彦(うひこ)先生の「ゼロの占命法」があり、これは推測するに細木数子先生が主宰される六星占星術の原型となるものではないかと思われ、同じように空亡の支を基点、すなわちゼロ、あるいは停止の位置として十二輪廻するという概念は、各通過点の言葉の違いこそあれその意味するところは十二運星がベースとなっていることは明らかである。

このように十二運星には最初から人の一生を想定した生・壮・老・死の循環運動がダイレクトに言葉として表現されており、いわばその解りやすさが
“十二輪廻・展開論” として新しい運命学が創出された要因でもあると思われ、使いかっての良さにはむしろ簡略であるが故の優位性も認められるといえる。

しかし、だからと言ってこれが四柱推命学そのものを凌駕
(りょうが)するほどのものでは決してないのであって、もちろん “ただ難(むつか)しければ本物か?” という論議もあろうが、四柱推命学の論理性の分厚さは本編「基礎編」でも再三に亘って解説を加えてきた通りで、その論理の用意周到さに加え、漠とした人生を、人と社会の現事実として展開していく 表現力の凄(すご)さと的中率の高さは他の運命学の追随を許さないないのであり、多少なりとも運命学を “かじった” 者であれば誰もが認めるところのものであることも併せ付記しておきます。

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本「基礎編」 “シリーズ” もその起源から始まって五行の理、十干・十二支の性能、六十干支、通変星の理解、さらには十二運星へと筆を進めてまいりましたが未だ終着点とはいかず、なかなか筆を置くことが出来ないを遺憾とするところではありますが、引き続き「基礎編」の完成を目指して老骨に鞭打つつもりであります。

遅々として申し訳無きことながら現況、本「基礎編(3)」に引き続いて既に「基礎編(4)」を執筆し掲載中のところであり、これらは最下段に設置した「次のページ」ボタンをクリックすることで「基礎編 “シリーズ” (4)」に進むことが出来ます。

この “一連のシリーズ” 四柱推命学「基礎編」は次に掲載している “シリーズ(4)” をもって一応の区切りとし、以降は下記ご案内の “会員制” となる上級シリーズ「運命学 “特別サイト”」に講習の本分を譲ることとします。

すなわち本編である「基礎編」シリーズとは別にページ冒頭にも申し述べたとおり熱心に運命学を愛好される方、あるいはプロを目指して勉強されている方、またこれから運命学を勉強してみたいと思っておられる方も対象にした新たなプログラムとなる Web会員専用の「運命学サイト」を設置することでより専門的に勉学・研究が進むよう便宜を図りました。

Web会員専用「運命学サイト」のご利用には龍得水発行の「パスワード」が必要となりますのでご覧になりたい方は以下の文字列をクリックしてページを開き、ここで手順等を確認し、お申し込み頂ければ誰もがメールにて入手できます。


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また別に、難解な四柱推命学の基本とも云える各種項目の解説をピックアップして用語化し、これをそれぞれ “50音別に集約” した「字引」ページを用意いたしました。
これら「字引ページ」は以下の文字列をクリックすることで開きますので併
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四柱推命学「基礎編」 シリーズ 内
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初筆 2010/03/25
最終加筆 2014/12/06


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