(注)PCをご利用の方で上段に6個のページ切替ボタン列が表示されない場合は ここをクリック してください。人事経営トップに戻ります。

トップ・バー

見出しトップタイトル ≪「運命!」を語る「人物鑑定」≫

「運命」を検証できる優位性 !!
 一個の人間を「評価」するということは、その者の考え方、行動規範、人格、さらには社会的な立場、地位、影響力等々、かなり広範な要素を含むものであって、相当親しく付き合っているつもりでさえも、なかなかその全体像がつかみ切れないと言う事はよくあることである。

いわんや、付き合いが浅ければなおさらであり、特に結果としての社会的な立場や、生まれながらの人格などは「運命的」な影響力が大きく、ここの理解が人物を評価するにあたって避けては通れない重要なフィルターとなるのです。

言うところの「運命」を、文字通り「運」「命(めい)の二つに分けて考えてみた場合、すなわち「運」とは、その時々の有利・不利の赴くところの「機微」であり、「命」とは、天より賦与された生まれながらに備わる個性、すなわち「人品骨柄」であります。

「命」はその者の出発点であり、性情の基
(もとい)を成して人間ひとり一人を分かつ個別の価値観を形成し、それが各人各様の行動原理の重要な価値基準となることで個性が確立するのであり、ここに一個の「人格」と、その可能性をも含んだ「社会的なる人間」が誕生することになるのである。

生まれて後の環境と教育だけで社会的人間が確立するのであれば、同じ両親、同じ家庭で育つ兄弟・姉妹はもっと「性格」、「生き様」共に似てなくてはならない。

にもかかわらず、実際にはかなりの隔たりを皆が実感するのであり、単純に血のつながりや環境だけでは決められない何か別の約束事によって個性は形成されている・・・と、強く思わせるような事実を無視することは出来ないのである。

兄弟・姉妹はもとより、人と人とを分かつこの基本的な
「性情や能力」さえも個別化する「運命」なるものの存在性が、この一事を以って検証するのみで追認されると言わざるを得ません。

そしてこの漠然としてつかみ所のない「運命」が如何に人間の社会活動に及ぼす影響力の大きさを、我々人類は未だに否定出来ないのです。

人生という計りようのない営みの中で、この基本である「運命」を語らずして人間を「評価」するなどと言う事は、たとえれば
“翼のない飛行機のありよう” を論じるが如きもので、これほどに「人間と運命」は『一体不離』であり、いかに運命を語り、そして理解することこそが真の「人物評価」たり得ると言えるのです。

あらゆる人間の活動はここが「原点」であり、「運」と「命」を深く理解してこそ一人ひとりの社会的なる人間の「個性」を把握することが出来、ひいてはその者の「運」の機微をも察することが可能となるのであって、ここに至って始めて
“より的確な” 「人物鑑定書」が出現し、これを戦略的に利することで少しでも有利な「選択の手段」を持ち得たことになるのであります。


総てのシーンで問われる「人物査定」の必要性
人間の社会的な活動の原点は人と人との関わりがその出発点である以上、それが経済活動であれ、ご近所付き合いであれ、全ての人間関係の基本を構築するものであり、だからこそ「相手が如何なる者か?」という素朴な疑問が、大変重要なる意味合いを持つことは論をまつまでもないところである。

いわんや利害得失が密着した特定の人との付き合いはなおさらで、その一挙手、一投足にも大変気を遣うものであり、たとえある程度気心が知れた者同士であったとしても、本当の意味での相手の価値観やそれに基づく行動原理等を把握するのは困難といわざるを得ない。

このように
「相手を知る」という作業は、人間社会そのものが、当然の事とはいえその人間関係で成り立っている以上、本来一番最初に把握し、手を付けなくてはならない最も卑近で、かつ重要なテーマといっても過言ではないのです。

しかるに、これほど重要な
「人間そのものの評価」が、その対象となる人間本来のあまりの複雑さ故か?混沌さ?曖昧さ?あるいは頑固さ?・・・故か、なかなか「これはという的確な手段を今まで持ち得なかったこともまた事実であります。

たとえば、従業員10人の事業、100人の事業、500人、あるいは千人の事業、さらには1万人以上の事業体をも含めて人間関係の基本である人材面でこれを考えた場合どうであろうか?

一人の人間(社長)が自分の意思に従う形で、親しくかつ密接に管理できる人数が5〜10人位と仮定した場合、それがすこぶる有能なる10人の部下に幸いにも恵まれたか?・・・あるいはさして有能でない部下の10人に止まってしまったかは、運営する事業体にとっては上記のように大きな差となってしまう要因の一つであることは誰もが実感するところであります。

この一事をもってしても如何に的確なる「人物評価」が、その後の行末をも決める程重大かつ大切であるかをご理解いただけるものと思うのです。

さらに付け加えるならば、近年大企業等で社内ベンチャー制度を採り入れる会社が増えておりますが、これの審査に当たってはその企画自体に将来性と実現性が有るや否やの見極めの重要性は論を俟つまでもないが、しかしそれよりももっと重要なことはその独立起業を担う責任者に、本当にふさわしいだけの
“強き「運」”が備わっているかどうかなのである。

まさにこれこそがベンチャー制度から巣立つ事業体の将来性を大きく左右する、一番身近で、かつ最も重要な審査事項ではないのか?

すなわち人材無くしてベンチャー起業も何も無いのであり、その者が
“何ほどの者であるか”と言う事はあらゆるシーンで極めて重要で、だからこそ本当に必要とされる『人物鑑定書』のあるべき姿は何か?・・・が問われ続けているのである。

そしてそれは単に学問的な統計より導き出された「性格的傾向の探求」なのではなく、生まれながらに備わるところの
“強き『運』と真のエネルギー、言い換えればパワーを備え、どのような行動原理をもとに自分の満足の源泉を形成しているか”を明らかにすることが出来る人間分析・・・まさにこれこそが求められるべき実戦的な評価のあり方と言える。

さらに言えば、たとえ有能なる者といえども、それがしっかりと
“報われるべき「強き運」”に補強されない限り、社会的には市井(しせい)の中に埋もれたただの「賢者」に過ぎないのであって、個人的に幸い報われたか?、あるいは不幸にして報われなかったかは、ある意味人生における冷厳な結果でもあるのです。

ただし“賢者である”ということは、これはこれで大切な人間の品位の問題を提起するもので軽視は出来ないが・・・。

しかし逆に、そうであるが故にここの見極めがなされた“運命そのものを語ることが出来る
「運命学的な人物評価」こそ” が、求められるところの利害得失に耐えられる真の『人物鑑定書』となり得るものでもあるのです。

すなわち、人は正直・誠実で教養があるからというだけで開運が保障されるわけでもなく、また野卑で無教養であっても開運隆々として巨万の富を積む者もある・・・これすなわち誰もが実感する世の常であって、これが理解出来ざる者は到底真の人物評価など適わないのである。

たかが「占い」と侮ることなかれ・・・、運命学、特に「四柱推命学」をこよなく理解すればこそ始めて展開できる
『技であり、それこそが「運」の強弱をも含めた深い洞察から読み取る人間分析であり、個性の違いとしての適性であり、開運力の可能性としての『人物査定』たり得るのです。


人生は「リーグ戦」のようなものだ !!
自由競争社会は皆が平等ではないかもしれないが、誰もがチャンスを有していることもまた事実であります。

なかば「欲望」を肯定した熾烈な資本主義社会の中で、物質的な豊かさを求めて大きく望めば望むほどに競争は厳しく、俗に言うところの「勝ち組」として生き残るには多くの戦いを勝ち抜かなくてはならない。

しかし、だからといって人生の競争は一度負けたからといってそれで「負け組」が確定するわけでもないのであり、敗者復活の道も常に開かれており、トーナメント戦のように一回負けたらもうそれで終わりということはないのである。

現に夜逃げ同然のように故郷を追われた者が、他国で大成功を収めたということはよくあることでもあり、人生もなかなか“捨てたものではない”ともいえる。


ただ、トーナメント戦ではないがリーグ戦の中で勝ち抜かなければ「勝ち組」に残れないことも厳然とした事実であり、それなりの高い勝率が常に求められているということも忘れてはならない。

誰もが欲している「富」「名声」をより多く自分の物とするからには、多かれ少なかれ他から奪い取り、かすめ取る競争の只中に我が身を置かずして手に入れることは困難であり、勝ち負けは「時の運」としても、最低リング上の「ファイター」であり続ける覚悟はいるのです。

だからこそ一戦一戦に最善を尽くす手段として、人の一生に深く関わりを持つところの「運」と「命」を積極的に自分の人生に取り入れる意義と、価値もまた生まれるのである。

すなわち自分がその「ファイター」であるならば、自らの「運」の強さを確認する必要があるであろうし、さらには自分にとって「運が味方」するような「良きトレーナー」を確保することも「チャンピオン」を目指す者には当然必要であることは今さら論を俟つまでもないといえる。

この「良きトレーナー」の存在を事業に置き換えて考えれば、それは自分の至らぬところを支える「パートナー」とも言えるし、あるいは「スタッフ」「ブレーン」でもあり、「アドバイザー」でもあり、広い意味での『顧問・助言者』でもあるのです。

このように「運命」を多少なりとも理解できる優位性を自らの「技」とし、龍得水が今回、満を持して本ホームページを通して提案する「人物鑑定書」の意義を広く世間に問うものであります。

同時に、その時々の岐路で常に間違いのない決断を求められる利害得失の判断や、重き立場の者がとる責任ある出処進退のあり方も含め、それぞれが持つ「運命」を「個性」に合わせてマルチ的にアドバイスする「顧問契約」も、併せ進言する次第であります。

「顧問契約」の詳細については、下段のページ解説一覧表の5頁目をクリックして開くか、あるいは上段のページ切替えボタンからも入れますので、興味のある方はその趣旨をご一読いただければ幸いであります。

また四柱推命学をベースに「運命」を意識した人物鑑定「通知表」の解説は、下段「次のページ」ボタンから順次入れますのでご確認ください。



このホームページ全体を一覧解説
1頁目 このページです。
ホームページ全体の趣旨と概要をあらわし、組織運営の中での運命学の必要性を考察します。
頁目を開く 人物評価「通知表」の解説ページです。
四柱推命学をベースとした「人物鑑定」としての「通知表」の意義と効用をあらわします。
頁目を開く 人物鑑定書のサンプル見本ページです。
実際の鑑定書を見本掲載し人物鑑定としての「通知表」がどのような物かをあらわします。
頁目を開く 用途別に注文できる人物鑑定のお申し込み手順ページです。
利用目的に応じた鑑定書作成に必要なお申し込みフォームの記入要領を説明します。
頁目を開く 龍得水との顧問契約ご案内ページです。
運命学的な知識と技をもとにしたより有利な出処進退のあり方を総合的に適切アドバイス。
頁目を開く 龍得水アドレス、連絡先、振込先ページです。
龍得水への連絡、お問い合わせ等はこのページのメールボタンからお入りください。


上記一覧表からも各ページを開くことが出来ますのでご利用ください。

また
PCをご利用の方で上段に6個のページ切替ボタン列が表示されない場合は ここをクリック してください。人事経営トップに戻ります。


人物評価「通知表」
解説案内ページへ

次のページ 人物評価「通知表」ご案内ページへ


エンド・バー